神功皇后Project

パート1 能面師 小川玄洞氏との出逢い

 墨江町囃子連には、お祭りに使用する多くの面があります。それらは、囃子連にて大切に受け継がれてきたものです。しかし、ときに激しいお囃子に乗って舞われる面ですので、ものによっては損傷も激しく、かなり前から保存や修復が考えられてきました。

 古くから伝わる面を保存しておくためには、新しい面を購入しなくてはなりません。また、古い面を修復するにしても、それなりの確かな技量を持った人に依頼しなければなりません。墨江町囃子連では、新しい面の製作をお願いし、古い面の修復を任せられる人を探し続けてきました。しかし、納得のできる人とはなかなか出会うことができなかったのです。

 そうしたときに、メンバーの一人が、「囃子連の創設時には、太鼓などは高崎の方で購入してきた」という話をふと思い出します。高崎という地が、お祭り関係の備品などではそれなりの定評がある場所だという話も聞いたことがあります。そこで、いきなりのことではありますが、高崎市役所の観光課に問い合わせの電話を入れてみたのです。「高崎には、神楽面を彫ってくれるような人はいないだろうか?」 ときに、1997年の秋のことでした。

 その一本の電話からつながっていったのが、現在、墨江町囃子連が大変お世話になっている能面師の小川玄洞氏です。小川氏は、能面彫刻の第一人者である長澤氏春氏に師事して技を磨き、いまでは、教室を開いて後進の育成なども行っている一流の能面師です。

 初めて小川氏の工房を訪れた囃子連のメンバーは、その場で、能面の奥深さと小川氏の魅力にとりつかれてしまいます。「うちの面のことは、この人に頼みたい」。しかし、その工房に飾られている数々の能面につけられている価格は、そう簡単に手が出せるレベルのものではなかったのです。

 そこで、金銭面での実状も含めて、今までの囃子連の経緯などを懸命にご説明させていただき、その上で、面の修復などをお願いしました。それは、まさに、「飛び込み」というにふさわしい依頼でした。その熱意に感じていただけるところがあったものか、そのときに小川氏のおっしゃられたのは、「何事も勉強のつもりでやらせていただきたい。興味深い仕事なので、今後もお付き合い願いたい」と、囃子連にしてみれば、なんともありがたいお言葉でした。

 そこから、小川氏と墨江町囃子連とのお付き合いが始まっていきます。そして、すでに現在では、墨江町囃子連がお祭りに使う面も、囃子連や個人が修復を依頼したり購入したりしたものをあわせると、その作品は十に近い数になってきています。

 小川氏との出逢いから、墨江町囃子連では、「面」そのものに対する考え方や、その面をかけて踊る「舞」に対する考え方が次第に変わってきます。面を大切にし、舞について熱心に学び、取り組むようになっていったのです。それだけではありません。舞のレベルアップは、同時に、お囃子全体のレベルアップ、さらには、お祭りに対する姿勢にさえも影響を与え始めます。とくに若い世代の間では、その変化は顕著で、自分たちのお祭りのあり方を考えるようになっていったのです。 

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