墨江町囃子連

墨江町囃子連 「青梅大祭」

「墨江町囃子連」

青梅のお祭りで、

最も威勢のいいお囃子を聞かせるのが、

「墨江町囃子連」です。


 青梅では、毎年5月2日〜3日に、青梅においてはもっとも大きなイベントで、たくさんの人たちが楽しみにしている「青梅大祭」が行われています。

住吉神社境内 墨江町囃子連50周年記念式典にて撮影
 青梅大祭のルーツは、地域の総鎮守として建立された「住吉神社」にあり、その歴史は500年に及ぶともいわれていますが、現在のような華やかに飾り付けられた山車が巡行するようになったのは、明治に入ってからのことといわれています。当時、機織物が盛んだった青梅では、地域の富商などが江戸の歴史を残していた山車と山車人形を購入し、その情緒を楽しんでいたものでした。
住江町の山車人形「神功皇后」 

 購入した当時の山車は「三層高欄」の作りになっており、その一番上の層に「山車人形」が飾られていました。残念ながら、三層高欄の見事な山車の姿は、現在は見ることができません。明治末期に行われた電線の敷設に伴い、山車の屋根部分の改造を余儀なくされたためです。しかしながら、今となっては、東京の中心地では見ることのできない江戸の情緒が青梅の町に伝えられ、残されているというのは、実に興味深いことです。

半纏にも使われている「住吉」のロゴデザイン 

 青梅大祭は、以前は、住吉神社の例大祭の日(4月28日。陰暦の時代は3月28日)に、旧青梅村の五町(住江町、本町、仲町、上町、森下町)によって行われていたのですが、戦後もしばらく過ぎてくると、旧青梅村の五町だけではなく、近隣の町も参加するようになり、また、山車の巡行日も、例大祭の日とは別の5月2日〜3日に移されました。現在では、たくさんの露店や市内の囃子連が居囃子を構える街道筋を、西は日向和田、東は勝沼町まで、合計で12台の山車が巡行する盛大なお祭りとなり、多くの人の心を惹きつけています。
青梅駅前 四町競演 

 

 

 

墨江町囃子連集合写真 住吉神社参道にて
 墨江町囃子連は、青梅のお祭りの中心地であり、シンボルともいえる住吉神社のお膝元にある「住江町(すみえちょう)」の囃子連で、その表記は、ちょっと粋に「墨江町」と、また、町内も、お祭りの日に限って「宮本」と名乗っています。

 

昭和20年代(?)のお祭り風景  囃子連の創設は、終戦の年。そのころ、住江町では、お祭り好きの若者たちが集まって、青年団の活動の一環としてお祭りを考えるようになっていたのですが、日本が最も苦しい時期であっただけに、盛大にお祭りを楽しもうという企画を実現するには、かなりの努力が必要だったようです。そこで、まずは、山車は持っていたものの、囃子連を持たなかった町内に囃子連を作ることを呼びかけ、また、自分たちは、同じ市内の千ヶ瀬町までお囃子の技術を学びに出かけました。

 

華やかで勇壮な競り合い  住江町では、そんな熱い思いが綿々と受け継がれ、今日のお祭りへとつながってきています。

 さて、墨江町囃子連のメンバーは、どの顔をとっても個性的。そして、何よりも、「お祭りバカ」といってしまってもよいほどにお祭りが好きな人たちです。年に一度のお祭りの日に、最も粋でいなせで威勢のよいお囃子を披露し、心からお祭りを楽しんでいる姿をお見せしています。


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